香港問題

中国政府による香港の自治を制限する国家ナントカ法の制定が話題ですね。

連日、新聞・TVでも報道されています。

 

6/30讀賣朝刊

既にナントカカントカ法は施行されて、逮捕者も出ているそうですね。

 

 

この報道に触れて、確か・・はるか昔、世界史で習ったのは・・・・・「香港は英中間の戦争で中国敗戦の代償としてイギリスが香港を自国領にしていたが、何らかの契約で返還???」とおぼろげな記憶がありました。

 

書棚にある本やネットで改めて「香港」を調べました。まあ、、、17-18世紀からの歴史ですので情報記録の精度も高くないかも・・・ですけど、自らの頭の整理のために要点のみ簡潔にまとめるとですね・・・・

 

 

 

1. 18世紀当時、清(中国)は当時の江戸幕府と同様の鎖国政策をとっていて、広東港(香港は広東港への入り口)のみでヨーロッパ諸国との貿易を認めていた。

 

 

2. イギリスの東インド会社は、中国から茶、陶磁器、絹を大量に輸入していたが、イギリスからの輸出品は時計や望遠鏡のような一部富裕層向け製品しかなく、貿易収支が大きく赤字だった。そこでイギリスは、植民地インドで採れるアヘンを中国に売り、貿易収支の均衡を図った。

 

 

※ようはたくさん輸入しても代金支払いたくないから、もっとウチの品物を買えってか・・今の米中貿易摩擦と同じ構図だな。

 

※しかし、、麻薬を国家が輸出産品として認めるとは!!(絶句)

 

 

 

3. 清国内ではアヘンによる中毒患者の増加とともにアヘンの輸入支払いが絹など輸出収入を上回り、財政が悪化。清王朝は禁止令を出し、広東のアヘン商人(イギリス人)を追放した。

 

※当たり前だな・・・・・

国民の健康と生命を守るのはどんな時代の政府でも義務ですからね。

 

 

 

4. それに反発したイギリスは軍隊を派遣し、西欧に比べて軍備が旧式の清軍は二次に渡る戦争に敗戦。結果、香港島・クーロン半島の割譲(占領)、隣接地の新界(現在の国際空港周辺)を1997年まで100年間の租借権、賠償金支払い、アヘン輸入の合法化などの条約が結ばれた。

 

※俗にいう不平等条約だけどケンカに負けたら仕方ないわな・・・

※それにしてもこの時期のアジアは欧州列強の食い物にされてたようですね。

 

 

 

5. 1912年のハーグ条約、1961年の国連とWHOによる国際条約でアヘンは国際的に違法薬物となる。

 

 

※アヘンが国際的に禁止になり、貿易品として儲からなくなったわけだね・・・

 

 

 

6. 1960年代には香港の人口増に対して水資源不足が深刻化(香港島は水が無い)して、イギリスは統治を断念。100年間の新界租借期間満了に合わせて中国に返還する「英中共同声明」を1984年に結び、1997年にイギリスは統治権を中国に返還。

※そうそう、香港は何度も行ったけど池も川も無いんだよね・・・・結局、アヘン貿易に旨味が無くなり、治水問題で統治が面倒になったから返しちゃえってか!?

 

※そういえばワタクシ、返還直後の1999年に出張で中国本土と香港に行った際、深センから香港に入る時パスポート要らなかったね。ナントカカントカの越境書類のみだった記憶があります。

 

 

 

7. イギリス流民主主義体制で100年間統治されてきた香港住民が中国の共産党一党体制への体制に慣れていないという事で、50年間の「一国二制度」も声明に盛り込まれた。(1997年→50年後→2047年)

 

 

※今は2020年か・・・返還後50年間の移行措置の約半分経過だね。

 

 

それにしても、現代の国際社会の常識に照らすとイギリスはヒドい事してたねぇ・・こうしてみると、香港は歴史に翻弄されて可哀そうだねえ・・・沖縄・北方領土の島々もそうだけど戦争がもたらす結果は、世紀を超えて悲劇が続きますね。

 

そして、現在の中国がアヘン戦争など「過去の恨み節」で「覇権主義」や「領土拡張主義」を取っていない穏健な国家なら、元々中国領の香港の事をここまで国際世論も反対しないはずだけどねーーー

 

フィリップ カレッジリング

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